ある日のこと
きっとぼくら世界が虹色になったそんな世界でぼくら虹色になった。ある日の帰り道ぼくら帰ることをしていた。ぼくら帰ることをしていたのはただの帰り道だった。ぼくらそんな帰り道で頭の中にピアノの音を持っていた。ピアノの帰り道はそれでぼくら彩られた道をあるいた道はピアノに彩られた帰り道だった。そして橙色の球体がぼくらピアノの帰り道を橙色に照らしていた。ピアノの帰り道を橙色の絵の具かなんかでそれをたんまりつけた筆かなんかで塗ったなんかがぼくらピアノの帰り道で染めたのは橙色の球体だった。緑色の葉っぱたくさんつけた緑色のなんかがたくさん連なって大きな緑色のなんかになっていた。そのなかでもいちばんひとつだけ大きな緑色のなんかがあった。橙色の球体が橙色のなんかを塗ったピアノの帰り道にいちばんひとつだけ大きな緑色なんかの下でぼくらほっぺたが赤くなるような秘密をつくった。それはなんか橙色のピアノの音だった。それはなんか赤いほっぺたの帰り道でありぼくら秘密の緑色のなんかだった。透明な水みたいなんが流れてる長い青色のなんかにも橙色の球体が橙色の絵の具かなんかを一滴落として橙色がにじんでいた。それをぼくら緑色のなんかの下から眺めた。なんか透明ななんかが赤いほっぺたのあたりをそっと撫でて遠くへ行った。橙色のピアノがずっと鳴ることをしていた。透明ななんかを追ってずっと遠くまでこう視線を送ると水色のなんかがずっと遠くまで続いていてそこにも橙色の球体が橙色の絵の具かなんかを筆かなんかにつけてこう雑に塗りたくったみたいなんになっててそこに白色のなんかがいくつも浮かんでいた。橙色のピアノの帰り道はなんか大切な橙色のピアノの帰り道になった。ぼくら大きな緑色のなんかの下の秘密は大切なぼくら大きな緑色のなんかの下の秘密になった気がした。大切な橙色のピアノの帰り道で大切なぼくら大きな緑色のなんかの下の秘密はぼくらのほっぺたを赤くした。なんかすっごく細い黒色の糸が目の下についているんだけどなんかすっごく細い黒色の糸からなんか透明な結晶がなんか伝っていてなんかそれが橙色の球体が橙色の絵の具かなんかで本当に細い筆かなんかで橙色の絵の具をちょっと塗ったみたいになったそれは橙色にちょっと塗られた透明な結晶がなんかすっごく綺麗だった。すっごく綺麗だったのはなんか目の下についているすっごく細い黒色の糸を伝っている橙色にちょっと塗られた透明な結晶だった。それがすっごく綺麗だった。それがすっごく綺麗だったからぼくはそれを持って帰ろうとした。でも指がそれに触れる前になんか透明ななんかがその橙色にちょっと塗られた透明ななんかをさらっていった。ぼくらその透明ななんかを追っかけたけどなんかその透明ななんかはぼくらのこと残してずっと遠くまでいってしまった。透明ななんかが橙色にちょっと塗られた透明ななんかをさらっていった先には橙色の球体に橙色の絵の具かなんかを雑に塗りたくられた水色のなんかがあってそこに白色のなんかが浮かんでいた。そんなぼくら帰り道を帰っていた途中のちょっと帰るのをやめた帰り道だった。ぼくら橙色のピアノが大切だった。橙色のピアノの帰り道はぼくらが帰るただの帰り道で緑色のなんかの下で赤色のほっぺたの秘密をつくった。ちょっと帰るのをやめた帰り道は橙色で緑色で赤色で透明で青色で水色で白色で黒色のなんかだった。きっとぼくら世界が虹色になったこんな世界でぼくら虹色になった。
火曜の晩
火曜の晩、地獄の判事である私は神秘不可思議な衝動を神から与えられた。正しく忌むべき罪人を裁く権利を手にしたに等しい。私は神より授かりし処刑の令状を片手に火曜の晩の酒場街を見回っていた。火曜の晩にはそれが火曜の晩であるにも拘らず、炎に集う害虫の様に醜い者達が蠢いていた。火曜の晩に集う者達をどれほど心の広い神ならば赦すことができるだろう。私はこの害虫共を一匹残らず殺傷する使命を与えられているのだ。背広を着た男、声の煩い女、乞食、悪臭を放つ老婆、耳障りな弦楽器を鳴らす浮浪者、目に入る人間は皆処刑の対象であった。そんな中、視界に入った瞬間に全身の血液が煮え滾るほど一際憎い害虫がいた。赤い髪の女だ。火曜の晩で赤い髪の女を見て殺さずにその場を後にできる者が果たしているだろうか。神は赤い髪の女を赦すことはできない。地獄の処刑人も判事も赤い髪の女を赦すことはできない。私は神の使いとして、地獄の判事として、火曜の晩の処刑人として、強く拳を握り、血管を浮かせ、赤い髪の女に近付いた。そしてもう一歩で私の拳がその顔面にぶつかるかというところで、赤い髪の女は私の明確な殺意の眼差しに気付き、駆け出したのだ。私の殺意は天に達していた。赤い髪の女への憎悪が渦巻きそれは神の意志となった。赤い髪を自らの血液で更に赤く染めてやろうと、握った拳を爪が手のひらに食い込むほど強く握り直した。腹を引き裂いて内臓を取り出し塩をかけてやれと、神の御達しだ。赤い髪の女は処女ではない、何故なら髪が赤いからだ。処女でない女は死なねばならない。そしてついに女の襟を掴んでやろうとしたところで、赤い髪の女は突如振り返って叫ぶように言った。なんですか、と。その時、私のいる世界は火曜の晩ではないことに気が付いた。そこは先程の火曜の晩の酒場街ではなく、人工的な白い光で満たされた絶望の空間であった。どういうことか足が竦み、赤い髪の女の顔面を殴って眼球を抉り髪を赤く染めることや内臓を取り出し塩を振り炙って食うことができなくなった。火曜の晩は火曜の晩ではなくなったのだ。いや私が今迄火曜の晩だと思い込んでいたものが実は火曜の晩ではなかったのかもしれない。赤い髪の女は再び私に背を向け歩きだした。それを追うことはもうできなかった。火曜の晩とは幻想だったのか。白い光に包まれた空間では、赤い髪の女はとても美しかったのだ。
信号
歩く男は青色に光っては消え光っては消えを繰り返し、暫くすると赤ワインの海へ沈んだ。目の前を秒速三十万キロの光るものに引かれて時速六十キロの光らせるものが通過した。どこかで機械の鳥が一度鳴いたきり、洞窟の出口は閉ざされた。誰かが透明な釣り糸で電球を垂らしていた。脳は脚を動かす信号を止め脚を動かすのを止めるという信号を送った。色の売人が黒にほんのり青を混ぜた絵の具を洞窟の天井に塗った。誰かが吐き出した煙草のけむりが釣りをする誰かの電球を隠した。赤ワインの海へ沈む男がこちらをじっと見つめていた。赤ワインの男は手を動かさずに手招きをした。秒速三十万キロの光るものが時速六十キロの光らせるものを連れてきた。脳は確かに脚を動かす信号を送った。右脚は信号を受け取ると宙に浮いた。そして放物線を描いて再び地に落ちた。悪戯な泥棒がテトラポットから水素原子を盗んだり他のテトラポットとくっつけたりしたものや、皮膚を覆う板状の繊維を飛び越えて、氷のように冷たい氷のようなものがその体温を伝えた。洞窟の天井から液体が一つ頬に落ちた。洞窟の天井から液体がもう一つ今度は手のひらに落ちた。どこかで機械の鳥が一度鳴いた。皮膚に繋げられた黒い糸を伝ってまた別の液体が一つまた頬に落ちた。隠れていた白鯨がまた姿を現した。白黒の帆を靡かせた船がそれを追っていた。しかし少女が揺れない風鈴をいたずらに鳴らすように静かに息を吹きかける映像が光ではない別の光に似たものが信号となって瞼の裏のスクリーンに映し出された。そんなビー玉のひとかけらががわずかな時間の隙間にあった。脳ではない誰かが脚を動かす信号を遮断し脚を動かすのを止める信号を送った。視線と意識の先に血まみれの男が倒れていた。脳はひとつの泡沫に信号を送った。ひとつの泡沫はひとつながりの糸へ信号を伝えた。信号はひとつながりの糸を通って指先に辿り着いた。指先は赤いボタンに信号を放射した。赤いボタンに伝えられた信号は雪国のトンネルの中を駈けてトンネルを抜けた先で倒れている血まみれの男に寄り添った。時速ゼロキロの光らせるものは秒速三十万キロの光るものを引き止めた。色の売人は洞窟の地面に白い線をいくつか描いた。機械の鳥が今度は頭の上で鳴いた。洞窟はいつの間にかトンネルになっていた。少女は息を吹きかけるのをやめない。誰かが吐き出した煙草のけむりも、白鯨とそれを追いかける船も、少しずつ前へ進んだ。透明な釣り糸を垂らす釣り人の電球がほんの少し顔をだした。そんな映像がスクリーンに映し出された。脳は脚を動かすのを止める信号を止め、脚を動かす信号を送った。そんなビー玉のひとかけらがわずかな時間の隙間にあった。青色に光る男は再び歩き出した。
冷たい夜の
夜道をひとり歩いていた。すると暗い道の端で溶けているひとりの少女がいた。
「どうかしたのか」
話しかけた。急いではいなかったためだ。
「体が溶けてしまっているの」
少女の体は溶けていた。既に腰から下は溶けてなくなっていた。うーん、と、僕は困ってしまった。体が半分も溶けている少女に出会ったのはこれが初めてであったためだ。先ほどまで少女の下半身であったはずの液体はどろどろでもとろとろでもなくさらさらとしていた。そうこうしている間にも、少女の体はどんどん溶けているようだ。
「熱いか」
溶けているということは、熱いのだろうと、僕は思ったのだ。
「いいえ、不思議と熱くはないわ。むしろ冷たいの。夜のコンクリートは冷たいのよ」
たしかに夜のコンクリートは冷たいために、少女は熱くて溶けているわけではないことがわかった。
「僕は君がどうして溶けているのかを知らない。君は自分がどうして溶けているのかわかるか」
「わたしも自分がどうして溶けてしまっているのか知らないの」
それはそれは困った状況であったが、その時の自分は、例えば助けを呼ぼう、などという発想を持たなかったのだ。少女の体が半分も溶けてしまっているために、僕は腰を曲げて、視線をなるべく合わせた。その時初めて、少女と目が合ったのだ。
「君はとても綺麗な瞳をしているね」
少女はとても綺麗な瞳をしていた。
「そうかしら、もしそうだとしたら、今日の月が綺麗だからだわ」
空を見てみると、そこには古い喫茶店の照明のような月が浮いていた。
「溶けてなくなったら、どこへ行くのだ。死ぬのか。消えるのか。それは悲しいことなのか」
「わからない。でもどうしてだか、怖くはないの。それはきっと悲しいことではないわ」
少女はゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと目を開いた。
「きっとわたしは、帰るのだと思う」
夜の風が頬の液体を拭った。少女はもう胸まで溶けていた。僕は膝を地面につけて、両手をコンクリートに置いた。
「帰るって、どこに」
「それはわからない。でもきっとそうだと思う。そこはきっと帰るべき場所だから」
夜のコンクリートは冷たかった。コンクリートに触れた手から、理由のわからない悲しみが全身に伝わった。それは少女の悲しみなのか。しかし、少女は悲しいことではないと言っていた。それでは、これは何の悲しみなのか。少女はついに顔だけになった。少女は帰ると言った。少女はどこへ帰るのか。僕はどこへ帰るのか。
少女の透けそうなほど白い頬に僕はとつぜんに触れてみたくなって、僕は手を伸ばした。指の先が触れた瞬間に、少女の頬はこぼれ落ちた。それと同時に僕の胸のポケットから、たばこの箱がぽとりと落ちた。
「たばこをいただいてもいいかしら。溶ける前にいっぽん吸いたいの」
「君はたばこを吸うのかい」
僕はコンクリートから箱を拾って、中にひとつだけ入っていたたばこを取り出し、少女の口元へと運び、マッチ棒をこすってその先の火をたばこの先に近づけた。
少女がひとつ大きく息を吸ったのを聞いて、僕は少女の口からたばこを受け取り、自分の口へと運び、ふっと息を吸った。
「君はいったい、誰なのだ」
「それでは、あなたはいったい、誰なの。わたしは、わたしが誰なのかわからないの」
「それでも生きているの。体が消えても、きっと生きてゆく」
少女はまっすぐに僕を見つめた。
「わたしはあなたを見ていて、あなたがわたしを見ている。それだけできっと、ぜんぶだと思うの」
胸のあたりがむずかゆくなった。自分はいったい誰なのか。どうして生きているのか。生きるとはどういうことなのか。それは、誰にもわからないことなのかもしれない。しかし、それはきっと、誰にもわからなくていいことなのだ。
「僕も連れて行ってくれないか」
「私に腕があったなら、あなたの手を握ることはできたわね」
「もう会うことはないだろうか」
「もう会うことはないと思うわ」
「さようなら」
「さようなら」
そして少女は姿を消した。悲しくはなかった。僕はこれからも、今までと同じように生きてゆくだろう。しかし冷たい夜のコンクリートの感触を、きっと僕はまた思い出す。
水たまりは月を映し、その瞳は僕を見つめていた。僕は最後のたばこのけむりを吸った。
夏になってしまった
暑い。
この季節になると地元で花火大会があって、毎年家の窓からそれをみる。性別の違う人と一緒に花火をみようと誘ってみたりしたこともない。窓から外を見ると目の前には僕が通っていた小学校の中庭やうさぎ小屋があって、花火大会の日はその上に大きな花が咲いた。しかし、何年か前に工事があって、そこには大きな体育館が完成してしまった。今では低めに打ち上げられた火の玉は下半分が遮られてしまったりする。背は高くなったのにおかしいね。それでも一際高く打ち上がる花火はしっかりと、窓の額縁には収まりきらないほど大きな花を咲かせてくれる。まっ黒い画用紙を鮮やかに彩ってくれる。ちなみにうさぎは僕が小学校にいたときにみんな死んだ。
暑い。夏になってしまった。
昔は夏には海に行った。最近は行かない。海よりも旅館の方が好きだ。特に旅館のエレベーターの匂いが好きだ。旅館のエレベーターって大抵どこの旅館でも「旅館のエレベーターの匂い」がする気がするけどあれはどうしてだろう。今年は久しぶりに夏の海へ行けたらいいなと思う。
今年の夏も、氷を砕いて色のついた甘い水をかけて食べたいな。水風船を投げて遊ぶなんてことはしなくなってしまったけれど。風鈴の音がどこかで鳴っているならまだ生きていようかな。めでたしめでたし。