ゆるふわ日記

ゆるふわだよね。

9月2日

 

 

これは日記なので当然毎日更新され、その日にあった出来事が記録されるものである。

 

9月2日

ひとりでビアガーデンに行った。田舎の小さなホテルの屋上で夏季のみ営業しているようだ。「アサヒビール」「一番搾り」などと書かれた提灯が柵と壁に無造作に張り巡らされた電気を通すコードに括りつけてあり、それと申し訳程度の月明かりだけがテーブルを照らしてくれる。提灯はビールではないのに、おかしな光景だ。客は26人、私の他にひとりで来ている中年男性がひとりいた。数少ない私が食べられる野菜のうちのひとつであるフライドポテトと、焼き鳥(おそらく鶏の腿の部分を焼いてタレに浸したもの)を注文した。注文もしていないのにビールはすぐに運ばれてきた。涼しく風もなく、夏が終わり秋の入口が見えるか見えないかという気候で、屋外で酒を飲むには最適だ。遠くの空から轟音が聞こえ、夕立かと錯覚したが、小さな火花が街の灯の隙間に打ち上がるのがぶっきらぼうな柵に取り付けられた簾の間から見えた。机の上に雑に置かれた中型犬くらいの黒いラジカセから男と女が交互にラップ調の歌を歌う趣味の悪い音楽がずっと流れている。私は負けじと単行本を開き線を引きながら読んだ。読書をするには信じられないくらい不向きな環境であったが、提灯と月の明かりだけを頼りにして頁を捲っていった。イヤホンをして歩く帰り道からは月は見えず、虫の音も聞こえなかった。既に9月3日になっている。

流れて

 

 

イルカはあんなに可愛いのにどうして肉食なのだろう。彼は長い本を読み終えて、明日のランチの約束に寝坊しないか心配しながら自身の部屋、足の踏み場もないほど散らかった部屋のベッドに。それにしても海のある街に住みたかった。悪趣味な配色のカーテンを引いて窓を押し開けると風が海の上を旅してきたぴりと冷たい空気を頬に当てて僅かに醒めつつある眠気を保ったまま再びベッドに入り、ランチの約束に寝坊しないか心配しながら眠る。夢のような生活を夢の中だけでもいいから送れないものか。鈴虫だろうか。ほのかに秋の気配を感じる。喉が渇く。お茶とコーラが冷蔵庫の中にあったはずだ。いやコーラは先ほど飲み干してしまった。仕方ない。お茶でいい。出られない。鈴虫は一匹ではない。いや他の虫もいるな。なんの虫だろう。ある夏の日に彼女に宛てた手紙のことを思い出した。夏の匂いはわずかに遠く、海への空想もほのかに。夢とのあいだを揺蕩う。白い斑点が浮かぶ。緑道に女の子が立っている。今にも消えてしまいそうだ。優しく手を引いて白い森の中へと誘う。湖のほとりでそっとキスをする。地平線の彼方まで引かれた線路の上をずっと走ってゆく。やがて線路は浅い水たまりに入る。靴の中に冷たい水が入り込んでくる。水しぶきを立てながら線路の上を走ってゆく。水たまりはどんどん深くなり、透明な海になる。沈む。沈みながら考える。息ができる。月が近い。屋根の上。空を飛べそう。秋が近い。目の前の文字列が歪む。磯の匂いが朝食の匂いにかわる。揺蕩う。呼吸がゆったりになって、おしまい。

溶けて

    あまーいコーヒーびしゃびしゃ白いシャツはまっくろ脳内ドミノ倒しで綺麗な貝殻太陽が反射してきらきら泥の中すいすい泳ぐ子猫が森で熊と踊る血だらけで散々浜辺をてくてく歩くなんて風景が瞼の裏に押寄せてぐらぐら君とひとりで風鈴の音が響くりんりん爆音で向日葵の咲く庭に火をつけてちかちか君の瞳に映ってきらきら夜空に浮かぶ星みたいだよさらさらな髪の毛が揺れてふわふわといい匂い風が運んできてくれたんだ丘の上でみた綺麗な景色がちかちか手のひらに浮かんできてしとしと降り出した雨に悲しくなってしくしく泣いてしまってからからと転がる瓶の中のビー玉寂しくて放り投げてばらばらになったガラス街灯の光を浴びてくらくら頭の中ふらふらになって君のことがあまりにも大切になってどきどきと走る鼓動とぐしゃぐしゃになった胸の奥まるでてるてる坊主の頭の中みたいだねざーざーと降り出した雨も止めてくれるかい

八月のゆるふわ日記

 

 

    杖をついた老婆が横断歩道を渡っているのが見えたので私はアクセルを限界まで踏み込んで轢き殺した。完全なる正当防衛であった。老婆は私の視界に入り、私を殺そうとするのだ。老婆の肉片は野良犬が食べるので問題ない。しかし野良犬は私の愛車にこびり付いた老婆の血液まで綺麗に舐め取ってはくれない。そんな時、私はラスベガスに行き、カジノで全財産を使う。ラスベガスはまさに私のオアシスだ。ステージの上で踊る裸の美女にケチャップをかけて、舐めまわすのだ。 プロの写真家を目指したことがある。私はカメラに映すべき題材を探して夜の街を徘徊した。そこで路上生活者の寝顔にケチャプをかけて回ったが、私はカメラを持っていなかったのだ。世界は理不尽なことで溢れている。私が路上で若者を殴ると、教養のない若者は殴り返してくるのだ。実に不快で矛盾した出来事である。私は度々、神に問いかける。私は何か悪いことをしたかい、と。私には不幸ばかり訪れる。悪魔のような人間が現れ、私の幸せを全て奪ってゆくのだ。私は他人を怒鳴りつけたり殴ったりしたことはない。人の意見を受け容れ、温厚に生きてきた。しかし私のように真面目で、実直な人間はいつだって損をするのだ。私は一度も誰かの悪口を言ったこともない。傷付けたこともない。だがどうだろう。全ての人間が私のことを寄って集って攻撃するのだ。私はそれに耐えることしかできない。泣いて夜を明かすことしかできない。そんな時、私はビール瓶で浮浪者の頭を殴りつけるのだ。

 花屋の小娘を撲殺しよう。透明な花瓶がそう言った。海に面した花屋にはたくさんの花が並んでいる。軒先のビニールでできた屋根がつくる影にも入りきらないくらいのたくさんの花だ。黄色いのや、紫色の、青いのや、なに色でもない色の、様々な色の花が、様々な形の植木鉢に入って、海からやってきた風を浴びて揺れる。風は砂浜からしゃぼん玉を運ぶ。迷い込んできた透明な球体は、日の光を屈折させて虹色に染めると、揺らしたり光らせたりして遊んでから、花びらの上でぽんとはじけて消えた。花びらのどれもが淡い色をしていて、太陽の光をそっと乗せると、そのまま溶かして飲みこんで、裏側から吐き出している。そんな軒先の端で、ガラスの花瓶がひとつ、赤い花を一輪くわえていた。ほんの少しだけ青を帯びたガラスは液体を含んでそれをほのかな水色に染めている。お腹のところがふっくらと膨らんでいるが、口はすぼめたように細く、そこから太陽の方へ緑色の茎を突き出して先端で赤い花を開いていた。木箱の上にのせられた花瓶と同じ高さまで視線を下げると、黄色や紫色のぼやけた花が、液体の中に浮かび、わずかに揺れる。その花瓶は割られなければいけない。花がそこにあることは許せなかった。赤い花は美しくない。木箱の上にずいぶんと黒い影を落としていた。それは透明でない証拠である。美しいものとは透明なものであり、透明なものが唯一の美しいものなのだ。そして美しいものは、はじけて砕ける瞬間こそが最も美しい。その花瓶は割られなければいけないのだ。植木鉢を蹴飛ばした。その陶器と革靴が衝突する音。その粘土細工とコンクリートが摩擦する音。その穢れた物体に不規則な線が引かれ軋轢する音。すべてが忌々しく吐き気がした。その音を聞いてか、花屋の奥から店番の女が軒先へと歩いてくる。泥のついた靴。黒色のズボン。緑色の前掛け。濁った眼球。後ろでひとつに束ねた髪は、太陽の光を反射すると赤くみえた。処女ではない。亀裂の入った植木鉢は地面を転がり、泥はばら撒かれ、紫色の花が何本か、それに埋もれ穢されていた。女はそれを確認してから、なにか高い声をあげながらこちらを見る。花屋の小娘を撲殺しよう。処女ではないから。純潔を失った女ほど濁ったものはない。この世で最も醜い存在だ。小娘は醜悪な顔面を更に引き攣らせた。穢れた陶器を蹴飛ばしたときと同じように、小娘の腹に革靴で一撃を食らわせると、後ろに倒れ手をついた拍子に植木鉢を倒し、泥にまみれてますます憎い。それからこの女の襟を掴み、道路の海側へと引き摺る。女が手を掴んで抵抗したので、横腹のあたりに何発もの蹴りを浴びせる。すると生臭い声とともに赤く黒い血液を口から吐き出した。それがあまりにも穢くてついに許すことなどできない。花瓶に刺さった赤い花を上から握り潰して抜き取り、右手で花瓶の口を持つと、全身を翻し、小娘の顔面をめがけて思い切り花瓶を振り下ろした。海から色のない空気が一気に押し寄せる。それが開いた手のひらから赤い花びらを一枚ずつ剥がして空中へと舞い上げた。花瓶は粉々に砕け、球状に咲く。花瓶の中では水色だった液体は色を失い、はじけて無数の透明な球体へと姿を変えた。赤い花びらは空気に浮かび、踊るように揺蕩い、そのうちの一枚が太陽に重なって、確かに光を貫通させ橙色に輝く。ガラスの欠片の不規則で不揃いの面は、交互に太陽を反射させて光り、それが不意に眩しくて目を細める。球状の液体はガラスの欠片にぶつかると更にはじけて分裂し、花びらにぶつかるとその表面に張り付いてそのまま風にのって旅に出た。その風に乗ってきたしゃぼん玉がはじけてなにも残らない。海の表面は太陽の光を反射させ燦々と煌めく。女の髪は水に濡れうっすらと赤い液体も滲んでいる。ガラスの欠片は地面にひとつずつ落ちていって、それらは白く濁っていた。そのうちのひとつに赤い花びらがそっと重なり、そこに水で薄められた血液がひとつ落ちて浮かんだ。その半球は透き通っていて僅かな光の屈折をもって花びらの表面にある凹凸の手触りまで明確に伝えてくれる。やがて半球は風に揺らされ、花びらの表面を歪めながら滑り落ちていった。女は静かに横たわる。一瞬のうちに無限の快楽を味わったのと同時に深い絶望の底に落ちていた。膝に痛みを感じる。気付くと地面に跪いていた。片膝を立て、刺さっていたガラスの欠片を抜くと赤く黒い血がべとりと付着していてそれはもう光を貫通させることができない。背筋に刺すような視線を感じた。振り向くと小娘が大きな植木鉢を掲げてこちらを睨みつけていた。その眼には涙が滲んでいる。小娘は目の前で掲げた植木鉢をこちらに落とした。頭部に鈍痛が響く。直後に砕けた陶器の破片と泥が落ちてくる。その隙間から小娘の目から透明な液体が落ちて空中ではじけるのが見えた。

 空は橙色に染められていた。全身から鈍い痛みを感じる。どうやら花屋の前の砂浜に落とされたようだ。右手には黒く濁った血液がべとりとついており、そこに泥がこびりついている。慌てて白い砂の中に腕を突っ込むと、指先に固いものがあたった。掴んでひっぱりだしてみると、それはラムネの瓶である。それが透明だったから、両手で握って自らの頭に全力で叩きつけた。美しき痛みが走る。宙に舞うガラスの欠片たちは、斜めに射す光を浴びて煌めき、砂の上に落ちてゆく。そのなかにひとつ、透明色の球体があった。それを太陽の方へかざしてみる。太陽の光は昼間よりも多くの空気をくぐって、橙色の光だけを届けてくれる。きっとこれが本当の太陽の色なのだ。この空や風こそが、最も透明なものなのかもしれない。海の表面もそれを反射して橙色に揺れている。球体の中には海も雲も空も、遠くで浮かんでいる船も、全てが逆さまになって閉じ込められていた。それを力いっぱい海へと投げる。透明色の球体は水面に落ちて、それからまた別の球体が宙に浮き、いちばん高いところでぱっとはじけた。

不味い麺を啜りながら

 

  行きつけのラーメン屋で微塵の興味もない野球中継を眺めながら伸びきった麺を啜る。金曜の夜だ。隣に座っていた知らない髭面のおっさんが話しかけてきた。俺の食ったラーメン代、払っといてくれ。そいつはそう言ってからのそのそと店を出ていった。俺は残りの不味い麺を啜って、汁を飲み干してから立ち上がる。いつもと同じラーメンを食ったのに、なぜかいつもの倍の代金を払うことになった。店を出てから、俺は考える。どうして俺はラーメン二つ分の代金を払ったのだろうか。北の方向から吹いてきた風が髪を揺らし、耳に掛けていた毛が目を覆った。思えば、俺は今日、ラーメンを二杯食ったのかもしれない。

  窓から夕日が差し込んでくる電車に揺られながら、文庫本のページをめくる。紙がチカチカして読みにくい。これは学生や、若い女性に大人気らしい。しかし、この本のどこが面白いのか全くわからず、ひたすら考えていた。小難しい文体に、意味ありげなフレーズ、曖昧で遠回しな表現。俺は楽しむどころか、理解することもできなかった。悲しくなって泣いてしまった。世界中に、自分だけただ独り取り残されているような気分だった。

  行きつけのラーメン屋で微塵の興味もない野球中継を眺めながら今日も縮れた麺を啜っている。金曜の夜だ。隣には髭面のおっさんが座っていて、自分と同じラーメンを啜っていた。そこで俺はポケットから文庫本を取り出し、適当なページを開いてからおっさんに見せた。なんだ、このつまらない本は。おっさんはそう言った。この本の意味がわからないんだ。何が言いたいのかさっぱりわからない。と俺は言った。この本に、意味なんかねえよ。おっさんは吐き捨てる。どうしてそんなことが言えるんだ。と会話を続ける。これは、俺が書いた本だからだ。全部適当さ、意味なんかない。いいか、文学で伝えたいことなんかないんだよ。だって。それなら、どうしてラーメンなんか食べているんだ。おっさんは最後に残った麺を啜ってから立ち上がった。ラーメン代、払っといてくれ。そう言っておっさんはのそのそと店を出ていった。俺は残りの不味い麺を啜って、汁を飲み干してから立ち上がる。今週もいつもの倍の代金を払うことになった。店を出てから、俺は考える。どうして俺はラーメン二つ分の代金を払ったのだろうか。北の方向から吹いてきた風が髪を揺らし、耳に掛けていた毛が目を覆った。思えば、俺は今日、ラーメンを二杯食ったのかもしれない。

退屈で孤独な就活日記

 

  僕は臆病者で、劣った人種だ。誰も僕のことを相手にしないし、目も合わせない。弱い人間である僕は、できるだけ他人の目に触れない様に細々と生きることしかできない。ある日、部屋でダンスを踊っていると、見知らぬ女が殴り込んできた。どうやら部屋を間違えてしまったらしい。ここは僕の部屋ではないようだ。見知らぬ女の部屋でダンスを踊っていた僕は、全裸になって土下座をしたが、女の心が狭いのか、若しくは全く教養がないのか、許してもらうことはできず、金銭を要求された。僕はアルバイトを始めることにした。僕はこの機会に真面目に生きて、社会に溶け込もうと考えていた。きちんと服を着て、オフィス・ビルの様な建物の扉を手当り次第に叩いた。そうして僕は一流企業の重役にまで昇り詰めた。手に持った紐は犬の首に繋げられていた。犬は前脚と後ろ脚を動かすことで前進しようとするが、僕は必死に踏ん張って全力で紐を後ろに引いた。すると犬の首が切断され、頭が吹っ飛んでいった。犬の頭はとあるオフィス・ビルの窓を突き破り、それが原因で僕は会社をクビになった。僕は再び無職になったが、犬の頭を取り返し、セメダインで胴体にくっつけると犬は息を吹き返した。どうやら頭と胴体の組み合わせを間違えてしまったらしく、バランスが悪いが、僕は独りじゃなくなった。しかし僕にはドッグ・フードを買う金もなく、再び仕事を探すことにした。僕はとあるホームレスのおっさんに雇ってもらった。行く宛もない僕を拾ってくれたこのおっさんはまるで神様の様だ。僕は道に落ちている空き缶を拾い集めておっさんに渡す仕事を与えられた。僕は水を得た魚の様に活き活きと仕事をこなした。生きているということを実感できるのだ。やがて僕は空き缶拾い界のプロフェッショナルとなり、世界中のホームレスにその名を轟かせた。事実、僕に拾えない空き缶などなかった。そうして二十年ほどおっさんの下で働いたがある日、給料が一円も払われていないことに気付いて自分から仕事をやめた。僕はドッグ・フードを買うことができず、いつの間にか犬は餓死していた。僕は泣いた。夜通し泣いた。一生懸命働いても、救われなかった。結局また独りぼっちになってしまった。僕は社会に必要とされていない人間なのだ。完全な孤独を突きつけられ、絶望の底に落ちた。

ニューヨーク・ドリーム

 

 

シャボン玉が時速二百キロで射出され、爆発し、街に住む二十万の人間が死んだ。テレビのニュースでも大きく報道され、新聞の一面を飾った。「シャボン玉、爆発」次のページを開くと馬鹿げた四コマ漫画が載っていた。一コマ目で人間が死に、二コマ目で人間が死に、三コマ目で人間が死に、四コマ目で人間が死ぬ。俺は腹を抱えて笑ったし、新聞を丸めて捨てた。ゴミ箱の中に空き缶が落ちていた。正確にはゴミ箱の中に落ちている缶は大概空き缶なので俺は勝手にそれが空き缶であると判断し、拾って投げた。当然、空き缶は通行人に当たって爆発する。通行人は死に、内蔵が飛び散り、こいつが朝に食べたであろう米や麺が大量に出てきた。それを見て早速腹が減ってしまう。俺はファミリー・レストランに入店し、ファミリーで来ている客を皆殺しにしてからそいつらの肉を食べた。店員は最初は引いていたが、慣れるとバーベキュー・ソースや塩を用意してくれた。俺は醤油を五リットル飲んで死んだ。明くる日、俺は次の人生へとシフト・チェンジしていた。鏡を見ると醜い顔の中年男性の姿が写っていた。俺はこの人生が嫌になって全裸で街を徘徊した。警察官数人に話しかけられたが事情を説明すると容認してもらえた。しかし俺はこんなに醜い全裸の中年男性として、どうやって生きていけばいいのだろうか。取り敢えず牧場へ訪れ牛を狩り、皮を剥いで縫い合わせて服にした。そしてそれを売った金で二十年暮らした。気付くと俺は死んだ牛でつくった服を売るファンション・ブランドのオーナーとして成功していた。俺はニューヨークに三百階建てのオフィス・ビルを建設したが、ニューヨークには死んだ牛があまりいなかったので間もなく倒産した。俺は血の滲む様な努力の後、飛行機の運転免許を取得し、ジャンボ・ジェット機で俺が建設したビル──死んだ牛タワー──に突っ込んで自殺した。

かわいいネコ

 

 

「死ぬから。本当に死ぬから」彼女はそう言ってから電話を切った。俺はゲーセンで三十分ほど時間を潰してから彼女の家に向かった。生きている彼女と会話するのはクソ面倒だが、どうせなら彼女の死体は見ておきたい。そうして俺は無事彼女の死体と対面することができた。生きている間の彼女は吐き気がするほどうるさいやつだったが死体ともなるとさすがにおとなしい。人というものは死ぬ。色々な場所で沢山の人が死んでいる。人が死んだことのない場所などこの惑星上にもうないのではないか。彼女が今死んでいるクソボロアパートのこの部屋でもかつて違う誰かが死んだだろう。ふと目の前に屍の山が浮かんだ。俺はその胸糞悪い景色と悪臭で気持ち悪くなって思い切りゲロを吐いてからその部屋を後にした。俺は絶対に死にたくないし痛い思いもしたくない。火事で焼け死ぬやつや、溺れて死ぬやつ、あんな目には遭いたくない。強いて言うならいつも通り眠っていてそのまま死にたい。しかし死ぬというのは馬鹿なことだろう。死ぬやつはどうしてあんな馬鹿なのか。そんなことを考えながら俺は公園でブランコを漕いでいるクソガキに石を投げていた。しかしブランコは揺れているためになかなか当たらない。やがて俺が石を投げていることに気がついたこの馬鹿なクソガキはブランコを飛び降りて駆け出した。そこで俺が渾身の一撃を右手から放つと、立ちどころにクソガキは吹っ飛んでいった。多分あのクソガキは死んだだろう。しかし死ぬやつというのはどうしてあんなに馬鹿なのか。俺はコンビニに入って、冷凍庫からアイスをいくつか取り出すと、コンビニから出た。するとそこの店員らしい人間がこちらに駆けてきて金銭を要求する。俺は煩わしくなってコンビニの定員をぶん殴った。死ぬまで殴ったから死んだ。あのクソガキもこの定員も、ブランコから降りたり俺に金銭を要求したりしなければ死んだりしなかった。死ぬやつってのは馬鹿だ。また目の前に屍の山が浮かんだ。俺は気持ち悪くなってゲロを吐いた。沢山の人間が死んでいる。しかし死ぬ人間は全員馬鹿だ。かつて死んだことのある人間の中に、一人でも賢い人間がいたか?  俺は馬鹿な人間の死体を見る度にゲロを吐いてしまう。しかし数秒後にはまた違う人間の死体が見たくなってしまうのだ。『かもめのジョナサン』の話を知ってるか? 餌を探すためじゃなくて飛ぶことそのものに価値を見出す話だ。完全に俺の人生だ。どいつもこいつも胸糞が悪い。馬鹿な人間は全員死ねばいい。馬鹿な人間は勝手に死んでいくが、勝手に死んでいくのを待っていられない。俺はカモメのジョナサンだ。日が暮れてきた。太陽の光が赤くなってくる。俺は夕陽を見る度に死体にこびり付いた血を思い出して気持ち悪くなってしまう。俺は太陽を殺す。絶対に殺す。俺は空を飛んで、あの太陽をぶっ殺しにいく。

食事

 

 

    ゴミ溜めで寝ているおっさんがかわいく見えた。その頃の僕といったら虐殺しかすることがなかった。おっさんは毎日ゴミ溜めで寝ている。僕が住んでいるのが二丁目でおっさんが寝ているのは三丁目だ。三丁目に住む人たちがゴミを捨てるところにおっさんは寝ている。三丁目は昼でも薄暗く、夜になると元気になるところだ。肩を出したお姉さんが歩いてる。汚い町なのに立派な車がいつも路肩にとまっている。三丁目の人たちのマナーは悪く、どんなものでもゴミ溜めに置く。ゴミを回収するお仕事の人たちもそれに対抗して、頑なにゴミを持って帰ろうとしない。そのためゴミ溜めにはソファーや冷蔵庫、テレビなどが置かれていて秘密基地のようになっている。おっさんはソファーの上で眠る。薄いけれど毛布もある。生臭いのはおそらく生ゴミのせいだ。カラスはいつもそれを狙っている。おっさんが寝るとカラスがたくさん集まってきて、辺りに散らばるパンくずや野菜の切れ端を食べる。コンビニの袋にも穴を空けて入念にチェックをする。酒場帰りの酔っ払いの吐瀉物もつつく。カラスのマナーも悪く、荒らしたものを再びゴミ溜めに戻すことをしない。そのため早朝の三丁目はいつもゴミが散らばっていて絶望的だ。おっさんはかわいい。正確に、時間通りに生きている。缶を拾って生きている。毎晩飲む麦の発泡酒のひとつだけを楽しみに生きている。半分くらい白髪になっている。髭も長くなっていてそこにも白い毛が混じっている。いつも同じジャージの様な服を着ている。冬になると穴だらけではあるがきちんと分厚いコートを羽織る様になる。おしゃれだし、かわいいのだ。僕はおっさんが大好きだった。虐殺しかすることのなかったその頃の僕は、おっさんを殺した。おっさんがカラスに食べられるところがどうしても見たくなったのだ。電柱の脇に落ちていたカラスの死骸を拾って二丁目の僕の家で唐揚げにした。その日、僕はおっさんに、新宿区歌舞伎町の方の三丁目で拾ったタバコをひと箱と、コンビニで買った缶ビールひとつとマッチ棒のひと箱、それにカラスの唐揚げを差し入れした。おっさんは喜んでいた。おっさんはかわいかった。唐揚げもすぐに平らげた。ビールの缶もすぐに空き缶になった。でもタバコは大切にちょっとずつ吸った。二本目のタバコをちょうど吸い終える頃に、僕は落ちていた鉄パイプを拾って、おっさんの頭に振り下ろした。おっさんはそのたったの一撃でピクリとも動かなくなった。幸せそうな顔して眠っていたよ。僕は少し離れたところからカラスがおっさんに食らいつくのを待った。カラスが集まってきているのはわかる。ただ僕と同じ様に離れたところから様子を伺っているだけだ。暫くすると両肩に大きな穴の空いた服をきた痩せ細った女がゴミを捨てに来たのでこいつも鉄パイプで殺した。このことについては本当に申し訳ないと思っている。夜明けが近付く。僕も焦りだす。カラスたちはおっさんの周りに散らばる生ゴミをつつくばかりでおっさんを食べようとはしない。待ちくたびれた僕はおっさんの耳を引き千切ってマッチで軽く炙ってから齧った。カラスたちに見せびらかしながら齧った。それをみたカラスたちは、僕がいるにも拘らずいっせいにおっさんの死骸に飛びかかり食べ始めた。僕は嬉しかった。おっさんはかわいかった。不思議なことにカラスたちは女の方には見向きもしなかった。カラスたちが食べやすいように僕はおっさんの皮を丁寧に剥がしていった。カラスも僕のことを仲間だと思ってくれているみたいだ。カラスはさらに集まっておっさんを食べた。おっさんはだんだんと小さくなって、分裂して、散乱して、かわいかった。僕は群がるカラスを何匹か鉄パイプで殴り殺した。二丁目の僕の家にそれを持って帰ってきて唐揚げにして食べた。生臭くて脂っぽかった。三丁目のゴミ溜めに吐いたよ。

幼女は爆発せよ!

 

 

幼女が爆発して散乱した!奇跡的な体験だ!神に感謝しよう!目の前で起きたこの奇跡に!幼女は爆発しました!まっ透明な肌と生まれた時から明い色の髪!焼け焦げてまっ黒くなって!爛れて燃えて、散乱する!綺麗な目ん玉飛び出してな!かわいいワンピースも吹き飛んで!燃え尽きた後には灰の塊しか残らない!爆発せよ!この世の全ての幼女よ!散乱せよ!焼け爛れよ!そして灰になって空気に消えよ!美しいものたちよ!爆発せよ!消えてなくなれ!美しいものたちよ!爆風に乗って!自ら風になれ!やがて透明となり、空気となり、エーテルとなれ!この世の全てを埋め尽くしてくれ!空気中の幼女の濃度を上げろ!何度も深く呼吸しよう!爆発せよ!散乱せよ!常に触れていよう!穢れたこの世界を!幼女で満たしてくれ!美しいもので満たしてくれ!かわいいワンピースを着て!染めたことのない髪よ!透明色の肌よ!噛まれたことのない唇よ!膨らむ前の乳房よ!穢れなき処女よ!全て爆発せよ!爆発し誘発せよ!全ての幼女は幼女の爆発に連られて爆発せよ!幼女よ!美しいものよ!爆発せよ!

濡れる

 

 

 

重い空気、頭痛、冷気、窓のくもり、水滴。犬は犬小屋へ。暗い。うねった髪の毛。建物の中へ駆け込む者達。脳を介さず通り抜ける言葉。眠気。机に、手すりに、窓枠に掛けられた傘。床に横たわる、あるいは円筒状に詰められた何本もの、傘。溜まるもの、貼り付くもの、滴るもの、零れるもの、落ちるもの、弾けるもの。閉鎖的、虚無的、感傷的。及び神秘的、幻想的。沁みてゆく、吸収され、それは濡れる。音となり、匂いとなり、光となる。家路を歩く者、あるいは立ち止まってどこかを眺める者。屋根の下で激しく傘を振る者、窓の内側でコーヒーを啜る者。あらゆるものも、全て包まれている。そしてどんなものも、全て憂鬱だ。列車を待つ学生も、ゴミを漁る浮浪者も、今日は全て憂鬱だ。ひとつの線の様にも見えるし、ひとつの点の様にも見える。形を変え、姿を変え、留まり、流れ、落下する。指の先で窓をなぞる。異国の文字が、誰も知らない文字が、浮かびあがって、ゆっくりと消えてゆく。全ては濡れて、全ては包まれ、そして全てが憂鬱だ。気だるく、眠く、憂鬱だ。全ては濡れて、全ては冷えて、やがて全ては消えてゆく。遠い遠いまどろみの底へ。

面白いラジオ

 

あの人ったら、急に頭のネジが外れて、実況のないラジオ競馬が聴きたいとか言い出して、チャンネルはニッケイに合わしてな、それから音量をゼロにしてそんでイヤホン耳に突っ込んでしばらくは目つむって集中してたんやけど、今度はだめだとか負けたとか騒いで、イヤホンの紐思いっきしラジオから抜いて、まあもちろん音量ゼロやからなにも流れなかったんやけど、したら食器棚のとびら?まど?を威勢よく、こう開いてな、なにが気に食わなかったんか、奥の方まで片腕突っ込んで、それから一気に引き抜いたもんやから、もうお皿やコップなんか浴びたみたいなんになって、もう、全部粉々んなってあちゃーってなったんやけど、まあとりあえず血まみれんなってたからそのまま放っぽっとって、でもな、金色のがこう縁のところについとってなんか安かったんやけど高そうに見えるかわいい形したかわいいお皿が割れとって、そんで堪忍袋のおかき、おかきやっけ?おせんべい?がなんたらになって、机の上に置いてあった花瓶を頭の横についとる耳のあたりにずんと叩きつけてやってな、したら花瓶、割れよって、そんでもうはらわたが煮えくりかえってな、こいつのはらわたもえぐって引っ張り出してやろかと思て、ちょうど台所やったから包丁だして、突きつけてやったらな、ひっくり返ってもう陸に上がった魚みたいになって、頬のあたりなんか血まみれになって、片方の目も開かんくなっとって、なんか面白かったから、その目のあたりに包丁、刺したんやけど、したらな、もううわーだとかぐあーだとかそんなこと叫んで、リビングの方に行って、それから玄関の方向かってもうたんやけど、もう真っ赤な血がな、どろどろ流れてきて、お気に入りのな、カーペットにたらしてな、癪やからもう片っぽの目も潰してやろ思て、玄関に先回りして、何本かあるうちの傘んなかからな、ほら、傘って増えるやん、なんか傘持たんで出かけた日に限って雨なんか降るから向こうで買ってな、そんで持って帰ってくるからどんどんたまってな、ほんでその傘んなかからな、いちばん先の細いやつ選んでな、それで、もう片っぽの目ん玉に思っきし刺してん、ほんだらもう目も見えないからな、扉の位置もわからんで壁づたいにうちから逃げようとするんやけど、なんで逃げようとするんかようわからんけどな、ぎゃーぎゃー言いながらまったくもういい年になって恥ずかしくもないんか、赤ん坊みたいに騒ぐから、そんならオムツ変えましょねゆうて、引き倒してズボン脱がしてな、暴れるんやけどこの人もう腕ないからな、切り取ってしもうてな、昔、うちがやで、せやから片腕しかないからどうしようもできずな、そんで、パンツまで脱がしてな、包丁で今度はちんぽこ切り取ってやって、それがさっと切れる思てたんやけど、そうもいかんくて、サツマイモ切る時みたいになんどもこう上下にやってな、そんでやっと切れて、ほんで汚いもんやろ?あれ、せやから口ん中入れてやって、おいしいかおいしいかゆうてもうなんか叫び声も声にならんくて、もうリビングから玄関までほんま血だらけになってもうて、もうイライラしたから、やったろー思て腹んとこに思っきし包丁さしてな、けど一度や死なんくて何度も刺してな、そしたら死んでもうてん、いったいどんな面白いラジオ、聴いとったんやろか。

きみ

 

 

    フォークがあって、その四つある先端のうち、いちばん右側の先端で、とうもろこしの粒をひとつずつ刺して、ひとつずつ食べるきみがある。きみといったら肉塊の、その牛だか豚だかの肉塊の、その上に乗っかってる、というかもたれてる、というかだらしなく寝転がってる、それもきみなんやろ。目ん玉みたいでなんだかきみ悪い。きみの目ん玉はかわいいよ。いや目ん玉みたいなんがきみなんやけど。きみの目ん玉はくりくりしててかわいい。きみみたいにかわいい。いやそのきみはきみ悪いけど。いやきみは悪くないよ。きみは目ん玉がよく動くよな。目ん玉、器用に動かす才能があるんやろな。その黒目の、黒くないところ、黒くないとき、ちょっと太陽が落ちてきたとき、すっごく綺麗な色してる。おじいちゃんちの本棚、数十年ぶりくらいによく擦って磨いて白熱電球、反射するくらいまでしたときの色みたい。きっと高い木、使っとんのやろな。きみの黒目は白目の上、泳いでるみたいによく動くよな。泳ぐゆうてもマグロみたいなのちゃうくて、なんやろ、アメンボみたいな。いや、アメンボってあれ泳ぐっていうんやろか。まあ、フライパン揺らしたときに、フライパンの上で揺れるきみみたいな、そんな泳ぐきみの目ん玉、綺麗やけどちょっときみ悪い。