ゆるふわ日記

ゆるふわだよね。

かわいいネコ

 

 

「死ぬから。本当に死ぬから」彼女はそう言ってから電話を切った。俺はゲーセンで三十分ほど時間を潰してから彼女の家に向かった。生きている彼女と会話するのはクソ面倒だが、どうせなら彼女の死体は見ておきたい。そうして俺は無事彼女の死体と対面することができた。生きている間の彼女は吐き気がするほどうるさいやつだったが死体ともなるとさすがにおとなしい。人というものは死ぬ。色々な場所で沢山の人が死んでいる。人が死んだことのない場所などこの惑星上にもうないのではないか。彼女が今死んでいるクソボロアパートのこの部屋でもかつて違う誰かが死んだだろう。ふと目の前に屍の山が浮かんだ。俺はその胸糞悪い景色と悪臭で気持ち悪くなって思い切りゲロを吐いてからその部屋を後にした。俺は絶対に死にたくないし痛い思いもしたくない。火事で焼け死ぬやつや、溺れて死ぬやつ、あんな目には遭いたくない。強いて言うならいつも通り眠っていてそのまま死にたい。しかし死ぬというのは馬鹿なことだろう。死ぬやつはどうしてあんな馬鹿なのか。そんなことを考えながら俺は公園でブランコを漕いでいるクソガキに石を投げていた。しかしブランコは揺れているためになかなか当たらない。やがて俺が石を投げていることに気がついたこの馬鹿なクソガキはブランコを飛び降りて駆け出した。そこで俺が渾身の一撃を右手から放つと、立ちどころにクソガキは吹っ飛んでいった。多分あのクソガキは死んだだろう。しかし死ぬやつというのはどうしてあんなに馬鹿なのか。俺はコンビニに入って、冷凍庫からアイスをいくつか取り出すと、コンビニから出た。するとそこの店員らしい人間がこちらに駆けてきて金銭を要求する。俺は煩わしくなってコンビニの定員をぶん殴った。死ぬまで殴ったから死んだ。あのクソガキもこの定員も、ブランコから降りたり俺に金銭を要求したりしなければ死んだりしなかった。死ぬやつってのは馬鹿だ。また目の前に屍の山が浮かんだ。俺は気持ち悪くなってゲロを吐いた。沢山の人間が死んでいる。しかし死ぬ人間は全員馬鹿だ。かつて死んだことのある人間の中に、一人でも賢い人間がいたか?  俺は馬鹿な人間の死体を見る度にゲロを吐いてしまう。しかし数秒後にはまた違う人間の死体が見たくなってしまうのだ。『かもめのジョナサン』の話を知ってるか?  主人公のカモメのジョナサンが餌を探すためじゃなくて飛ぶことそのものに価値を見出す話だ。完全に俺の人生だ。どいつもこいつも胸糞が悪い。馬鹿な人間は全員死ねばいい。馬鹿な人間は勝手に死んでいくが、勝手に死んでいくのを待っていられない。俺はカモメのジョナサンだ。日が暮れてきた。太陽の光が赤くなってくる。俺は夕陽を見る度に死体にこびり付いた血を思い出して気持ち悪くなってしまう。俺は太陽を殺す。絶対に殺す。俺は空を飛んで、あの太陽をぶっ殺しにいく。