ゆるふわ日記

ゆるふわだよね。

動物園へようこそ

 

 

 

 ある日森の中、くまさんに出会った。そうして私は死んだ。しかも不幸になった。上空から核爆弾が落ちてきてすごく痛い。木々に括りつられた無数の葉に遮られ縁ができていても、どこまでも続いていることが一目でわかるほど青い空に、大きなキノコ雲が打ち上げられた。世界は火の海だ。白いワンピースが遠くにみえる。死にながら私は、全く知らない人物を思い出していた。彼はコーヒーを一口だけ飲んであとはグラスごと捨てるようなぶっきらぼうな男であり、ペットの犬とのセックスが日課となっている。黒くて大きなその犬は口で筆を噛んで絵をかけるほど器用であった。それ故、河川敷の浮浪者を殺した後、ステーキや、血のスープ、内臓で出汁をとって髪を漬けたラーメンなど、まるで高級ホテルのフレンチディナーのような料理をいくつもつくることができる。犬は浮浪者ディナーを用意すると、男から新鮮な浮浪者の骨を与えられるため、喜んで毎日彼らを殺していた。雨の日も、嵐の日も。男の家は慢性的に死臭が漂い、育てていた野菜も枯れてしまっていた。朝めざめる度に、不快な気分になる。真っ黒にふやけた葉や、黴だらけの根菜。男は腐った野菜を皿に盛り付けながら泣き喚く。俺が夢みたのは、こんな場所じゃない。夢みたのは、一面カラフルな花が咲き、季節ごとに新鮮な野菜が採れ、それが地平線の彼方まで続く幻想的な庭だ。今や浮浪者の死体の山。蝿が集り、野良犬や野良猫、タヌキ、トナカイ、キリン、ゾウ、見たことのない動物たちも集まってくる。俺の夢みたお花畑は、もはや夢の中にすらない。ノコギリを持って、動物たちの首を片っ端から切り落としていった。大切にしていた愛犬もオスだと気付いたので頭部を吹き飛ばした。しかしその日から、浮浪者ディナーが提供されることはなくなってしまったのだ。頬が落ちるほど甘い肉に、喉に粘りつく血液や、噛みごたえのある髪……。たまらなく浮浪者が恋しくなって、自ら河川敷へ狩りに出掛けることにした。街はどこもゴミの山。絶望的な風景が続く。いきなり殴ると殴り返してくるような教養のない人間だらけだ。河川敷、そこにはゴミを漁って生きている醜い姿の人間たちがかろうじて生きている。溢れ出す涎を飲み込むと、浮浪者たちは一斉にこちらを睨みつけた。男がホームレスイーターだということに気が付いたのだろうか。こちらも時代劇の主人公さながらの形相で睨み返す。浮浪者どもが怯んだその隙に、殴りかかった。ガイコツのように痩せ細り、綿アメ並の骨密度のこいつらに、俺の腰の入ったパンチは致命的だろう。しかし束の間、鋭く尖ったものが、一斉に体に突き刺さる。浮浪者たちの爪は長く伸びきっていて、先端は細く研がれていたのだ。感動的な、野生の知恵。こいつらには勝てない。狼の群れに飛び込んだ羊の気分だった。羊は最後の力を振り絞り全力で逃げ出した。しかしただでは帰らない。逃げる際にたまたま見つけた赤ん坊を、ひったくってきたのだ。これでまた、人間の肉を食える。赤ん坊を大事に抱え走り続ける。足を引き摺りながら追いかけてくる死に損ないたちは、さながらゾンビのようだ。ゾンビはそこら中から湧き出してきて街を徘徊する。俺は腐乱死体を蹴り飛ばしながら、なんとか知らない家に飛び込んだ。ここなら安全だ。溢れ出した涎を飲み込むことすらせず、赤ん坊に齧りつく。そして歯で肉を切り裂こうとする。しかし、浮浪者の赤ん坊は綺麗に舐め取られたフライドチキンの様に、ガリガリに痩せ細っていた。とても食える部分などないのだ。その瞬間、全てを悟り絶望した。あの犬は、浮浪者などではなく健康な人間を殺して調理してくれていたのだ。涙が止まらない。俺は孤独だ。もう何もない。残されたのは腐った野菜と枯れた花だらけの広大な庭だけ。自分ひとりでは、生きていくことすらできない。死を決意した。ストーブのそばにあった灯油を頭からかぶり、持っていたライターで火を付けた。たちまち誰かの家は炎に包まれた。燃え盛る家にはまた別の男がいた。彼は自慰をしていた。いや、自慰をせざるを得なくなったのだ。彼は模範的な泥棒であった。泥棒だが一般的な自己中心的で迷惑な泥棒と違い、良心的な泥棒なのである。適当な家に忍び込み、家中を完璧に掃除する。その報酬として見つけた金をありったけ持って帰るのだ。誰にも迷惑をかけない上に、人の幸福に直結する素晴らしい仕事だ。彼はこの仕事に日頃からやりがいを感じていた。俺は世界を救う、ヒーローだ。出会った女、全員に性交を申し入れる。しかしほとんどの場合断られる。それもそのはず、彼は常にドブの銭湯に浸かったような悪臭を放ち続けているのだ。その匂いは強烈で、ゴミ溜めに集るハエやカラスですら即死し、ゾウやキリンも失神する。彼の性交を受け容れるのは、死体か、壁の穴。彼は忍び込んだ家をいつも通り廃墟へと変えていった。自分では掃除しているつもりでも、彼が一度でも歩いた家はとても人間が住める環境ではなくなる。そこへ扉の開く音が聞こえ、次に男女の話し声が聞こえてきた。彼らがこれからセックスを開始することはすぐにわかった。彼は怒張させながらわざわざ寝室まで移動してからたまたまそこに居合わせただけの泥棒のふりをしてクローゼットに潜り込んだ。男女はやはり寝室に入ってきてくだらない俗談をしながらベッドに入り込む。囁くような会話が途切れ、暫くすると女の深い息遣いが聞こえてくる。クローゼットの扉に耳を寄せ、暗闇の中でその声を必死に聞く。殺人級の悪臭でも、肉欲には勝てないのだ。やがて女の呼吸は喘ぎ声に変わり、ベッドも軋みはじめる。当然、クローゼットの中は既に精液まみれだ。女の喘ぎ声はやがて絶叫へと変わり、更に呻き声へと変わった。映画に出てくるゾンビのような呻き声だ。ようやく女の呻き声が静かになると、だんだんと息をするのが苦しくなる。耐えられなくなりクローゼットの扉を勢いよく開けると、そこに男の姿はなかった。そこにあったのは炎に包まれた部屋と食い散らかされた女の死骸だけだ。乳房は食い千切られ、腹は裂かれ、内臓が飛び出していた。頭もぱっくりと割れ、そこにはストローが刺さっていた。ベッドは血にまみれ、腕や首からは新鮮な血液が流れだしていた。ああ、たとえ死体でも、誰かの食いかけであっても、女であることに変わりはない。慌てて服を脱いで食べ残しにかぶりつく。俺は幸せだ。女を抱きながら、炎の中で死ねるなんて。今日はクリスマスの前夜だ。そんなことをふと思い出した。死ぬことをやめて、喉まで続く臓器を無理やり掻き出して首に巻いた。炎は街を焼き尽くしてゆく。窓を突き破り、猫を百億匹殺しても死刑にならない世界を駆け抜けた!
 森を焼くのが好きだった。寒い森も、焼けばあたたかい。釣りをするのも好きだった。川に毒を大量に流し、浮いてきた魚を捕まえる。大自然の中で汗を流すのは、本当に気持ちが良い。捕まえた魚はしっかり川に戻す。キャッチアンドリリース。美しい響きだ。川のせせらぎに包まれて、目が覚めると森の中だった。白い花があちこちに咲いている。そこら中に転がる死体への手向けのように。川の浅いところに巨大なクジラの死骸が散々打ち上がっている。清々しい気分だ。ロープで縛られた裸の少女を解放してやる。さあ、旅立ちなさい、世界はどこまでも続いていますよ。森の中にポツンとある小屋が僕の家だ。趣味の悪い牡鹿の生首が玄関に括りつけてある。僕は自分の家に入る度に胃の中身を全て吐き出してしまうのだ。さて世界では、毎日クリスマスが繰り返されている。とてもハッピーな季節なのだ。毎晩ケーキ。毎晩シャンパン。トナカイが夜空を飛び交う。街に小さな家を建てて、家族でゆっくり過ごすんだ。お嫁さんと、子どもがふたりくらい。でっかい犬も飼おう。そんな夢を毎日みている。そのためには、社会に貢献し金を稼がねばならない。僕は総理大臣になることを決意した。そして総理大臣になった。まず世界中の老婆を殺処分。爆弾をいくつか投下。仕事は終わり、幸せな家庭を作り上げた。笑いの絶えない幸福な場所だ。娘がひとり。そろそろ初潮だろうか。でかい犬もいる。綺麗な嫁も、死んではいるようだが毎日一緒だ。ひたすら窓からワイン入りワイングラスを投げ捨てる日々だ。通行人の頭の裂け目からは、モダンな葡萄酒色の血液が流れ出る。娘は白いワンピースのよく似合う美しい少女だ。そのころの僕と言ったら、処女強姦のことしか頭になかった。僕は娘を心から愛している。透き通る瞳に真白な肌。膨らむ前の胸や穢れなき唇。それになにより処女である。ああ僕の、愛する娘よ、永遠に処女のままでいておくれ。そう囁きながら、娘を強姦した。初潮前なのに、血がべっとりと付着していた。眼球をふたつ取り出して食べた。全身が血まみれになるまで少女を犯し続けた。美しい少女よ。ここからお逃げなさい。このままでは、穢れてしまうから。娘は立ち上がり、壁伝いに扉を探す。しかし扉の前には画鋲が千個敷き詰めてあるので絶叫とともに少女は転げ回る。やっとの思いで窓を見つけると、渾身の力で頭をぶつけ、二階の窓を突き破り下に落ちていった。墜落である。素晴らしい。それでも少女は立ち上がる。裸足で土を踏み、冷たいコンクリートを踏み、クリスマスで狂乱する街を、燃え盛る街を駆け抜ける。壁にぶつかりながら、石につまずきながら、暗闇の世界を駆け抜ける。ああ美しい少女よ、穢れなき少女よ。いつまでも、どこまでも……。その姿を目に焼き付けるために、窓から飛び降りた。しかしそこには、決して有り得てはならない光景が広がっていた。少女の白いワンピースは、もうすっかり紅色に染まっていたのだ。激昂し、絶叫した。頭が爆発しそうだ。炎に包まれる街を駆け抜ける少女のワンピースは、真白でなければならないだろう。紅色のワンピースだ。これを誰が許せるだろう。処女ではない。そう確信した。彼女は、処女ではない。僕は女を追いかけた。紅い女だ。かつての透明色の少女は、もういない。僕が彼女の肩に手をかけたとたん、高い声で叫んだ。街中に響きわたるような声で。窓を開けてピアノを弾いている遠くの誰かに、それは歌声に聞こえるだろう。手を取り、走った。街を抜け、誰もいない森の中へと。白い森の中へと。
 ピンク色のゾウが躍る。ここは天国。もうすっかり調子がいいの。妖艶なコンクリート。淫乱な電柱。発火する市街。発光する死体。トナカイが空を飛ぶ。私も飛べるの。壁が妊娠し、緑色のイルカが飛び跳ねる。ナスもトマトも爆発し、世界をカラフルに染め上げる。マグロが空を飛び、モグラが降り注ぐ。皆、首はない。首はない。一面極彩色のお花畑。犬が沈没し、猫が暴落する。おいしそうな匂いのする鳥の声。真っ青な牛の糞の匂い。色とりどりな幾何学模様。回り回って目まぐるしい。赤、緑、黄色、歪む花畑。ああ、街は燃え上がる。もし、もし明日になったら、雨も降るでしょう。ペンギンが溶け、シマウマが煮える。サイが始まり、クジャクが終わる。わあ、実物大の模型になった街は、散々消えても、消え尽きない。先生、私、もう大丈夫。ビロードのプレゼント。靴下へありがとう。空き缶が繁殖し、新聞紙が暴発する。パジャマを焚いて、腕を切る。キリンの首を微塵切り。トラの頭が高速で射出されたの。ワニの群れは凄まじい暴風雨。悪夢じゃない。素敵な夢よ。カバは膨張し、カラスは破裂。オウムの様に真っ赤な風船の欠片が弾け飛ぶ。イカが焼かれて売られちゃう。タコがへばりついてくる。あらクラゲは、もう零れない。もし明日になったら、雪も降るでしょう。あら鏡の中にパンダさん、いらっしゃい。今日は素敵なクリスマス。街中ひっくり返して大騒ぎ。お月様も掴める距離まで下りてくる。サンタクロースは首に真っ赤なヘビを巻いて。ウサギが開いて、リスが割れる。ヒツジもどうやら困り顔。ニワトリはずっと不幸。あちこちで綺麗な花火。お線香たくさん焚いてお祝い。遠くでお星さまが点滅。ロバが軋んでコアラが燻ってシカが煙ってアシカが凍る。ブタが咲いてゴリラが萎れてワシが救ってラクダが聳える。大きな大きなイチゴケーキ。シャンパンで乾杯しましょう。ケーキの上の蝋燭の炎を、一息で消して真っ暗。あらみなさん、タバコかしら。灰皿なら、私です。
 口から煙を吐き出す。私は誰なのだろう。顔も名前もない。口はないのに、口から煙は出る。白い森。白い花しか咲かないこの森に、名付けの少女がいると聞いてやってきた。動物の生首がいくつも吊り下げられた気味の悪い小屋。壁にはポルノポスターの代わりに人間の皮が貼り付けられている。タバコの煙と火薬の匂いが充満。血の海に臓器が泳ぐ。巨大な鍋では人間の死体が煮込まれている。少女はいない。いるのは全身が黒い毛皮に覆われ、鋭い牙が剥き出しになった大きなクマだけ。私は小屋を燃やして首を吊った。木の枝から紐を垂らして燃える小屋をみていた。白い森に赤い花がひとつ咲いたみたいだ。木々の隙間から北斗七星がみえる。あの星のひとつひとつにも名前があるのに私は。遠のく意識の中で全く知らない少女を思い出す。白いワンピースの少女だ。残像が蘇る。お逃げなさい。かすかにそう聞こえる。ここから早くお逃げなさい。死にながら私は白い花がどこまでも咲いている森を歩いていた。また炎が広がって、飛び火する。どんなに燃えても燃え尽きることはない。炎はどこへでも移り、報われない者たちを焼いてゆく。
 目が覚めると燃え盛る森の前にいた。もはやそれは巨大なひとつの炎だった。あのクマが助けてくれたのだろうか。街は相変わらずゴミの山。腐乱死体があらゆる場所に転がっている。首のない動物たちが街を闊歩。炎は留まることなく広がり続ける。今日はクリスマス。大きなケーキに、シャンパンで乾杯! クッキーを焼いて、靴下を吊るす。モミの木を飾りつけて、放火。森の中でクマと踊るの。メリークリスマス! メリークリスマス!
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