ゆるふわ日記

ゆるふわだよね。

多分、海を見てた

 

悪い夢をみてうなされながら起きた瞬間から、ピンクネオンの安っぽいホテルから一人で出てくる女をぶん殴ろうと決めていた。錠剤を二十四錠食い、タバコを二十五本吸いながらまだ見ぬ女に宛てた手紙を書いて、夜を待った。

 

拝啓。はじめまして。あなたにとって、わたしは何なのでしょう。わたしは恋人なのでしょうか。いいえ、そうでないことはわかっています。わたしとあなたは互いに愛し合うことなんてできない存在ですものね。それに、わたしとあなたは今はじめて出会ったばかりですから。しかし、あなたもわかっているように、わたしとあなたは本当は互いに愛し合うべき存在なのです。なぜなら、あなたはあなたであり、わたしがわたしであるから。わたしが愛すべきは処女であり、そして、あなたは処女です。あなたがたとえ肉体の快楽を知っていても、誰かと結びついたことがあったとしても、あなたは本当の愛を知らず、即ちあなたは処女であるはずです。そしてわたしも同じです。だから私たちはお互いの無垢と無垢を永遠のものにするために、互いに愛し合うべきなのです。わたしたちは今まで出会うことができなかったばかりに、愛し合うことができなかった。しかし今、処女であるあなたとわたしは初めて出会い、愛し合うことができるのです。そのうえで、わたしと肉体関係を持ちましょうなんてことは言いません。恋人になろうとも言いません。ただ愛してると囁いてほしいのです。

 

手紙をなるべく丁寧に折り、ポケットに入れ、馬鹿みたいに騒がしい街へ向かった。愛を求めて愛のない通りを彷徨い、殴るべき相手を探した。街灯の揺れ。同じフレーズを繰り返すギター。各種金属の錆。ふらつく人間たち。太った黒いネズミ。錯乱。渦。道化師になれない。寒いし、吐き気がする。黒い男たちが誰かを傷付けているようにも、世界を救っているようにも見えた。手を繋ぐ男女。どうせ刺青がある。喉を通った胃液たちが、コンクリートの上で各種食材をゆっくり溶かしている。女がたくさんいて全員を殴り殺したいが、私を愛してくれそうにない。汚い命。海鳴り。ピアノは脳内でしか鳴っていないようだった。乾いた排水溝。波にのまれる錯覚。地面が柔らかく、歪む錯覚。割れた酒瓶。蛆みたいな虫たち。陰湿なホテル街。切れかけのネオンの明滅。彷徨。意味の無い言葉を叫んでいる。左右に頭を何度も振る。拳を握ったり開いたりする。目を思い切り開いて周辺を見回す。津波に襲われてるみたいだ。霧がかかったような街。月が点滅しているように見える。石をわざわざ拾って捨てる。唾を吐く。安っぽいピンクネオンの看板。レンガに爪を立てる。歯を突き立ててみる。頭を思い切りぶつけてみる。ふらついて空を見上げる。夜空で比重の違う色水たちがかき混ぜられている。声を上げる。唸るような風の音。世界に自分しかいないと感じる。耳鳴り。コンクリートの硬く冷たい感触。涙は出ないが泣き声を上げる。死にたいと感じる。嗚咽だけ。刃物なし。濁流に流される感覚。寒い夜。ピンク色の光。女がひとりで出てくる。顔面を殴る。もう一度殴る。もう一度殴る。肌は白い。顔面を殴る。高い声が聴こえる。ふらつく。倒れる。何度も顔を殴る。馬乗りになる。覆い被さる。殴る。血液が流れる。白い肌を伝う。色んな目を見た。怒りの声や許しを求める声が聴こえた。欠けた前歯。乱れた髪。もう一度殴る。手紙を取り出し、渡す。初めて涙が出る。内臓が熱くなった。互いの存在の出会いを感じる。月の点滅が激しさを増す。複数の色が溶け合った空の明滅。愛してほしいと伝える。涙が血まみれの頬に落ちる。涙と血液が溶け合うことがない。様々な音が押し寄せる。目まぐるしく景色が変わる。全身に痛みが走った。冷たいコンクリートの感触や、海が干上がったような匂い。愛してほしいと感じる。心臓がいたい。遠くで断続的に繰り返される音が心地よい。岸辺のような音。ただ海の中心のようでもある。景色や音が混ざり合う。騒がしいのが、かえって静かに思える。夜空の明滅が渦になる。知らない女が少しだけ振り向いて何かを囁くような幻覚が一瞬みえた。洪水のように流されていく。滴り落ちる水の音が赤いように思える。右手の甲にだけ、ほんの少し愛を感じた。知らない女は、多分、海を見てた。