ゆるふわ日記

ゆるふわだよね。

雨のこと

 

 

 

ㅤ折り畳み傘じゃ全然足りない大雨の帰り道だった。電柱に少女が埋め込まれていた。

 雨宿りですか、と僕は聞いた。違います、と少女は答えた。何となく僕は家に帰りたくない気分だったので、しばらくそこにいることにした。

 朝から降り続く雨はそこかしこに水溜まりをつくっていて、反射する街灯の光を雨粒が揺らしていた。時々風に吹かれると、雨は横なぶりになって服ごと僕を水浸しにしていった。

 何をしているんですか、と少女が話しかけてきた。月が出るのを待っているんです、と僕は思ってもないことを言った。雨はしばらく止みませんよ、と教えてくれた。

 大雨が街の全ての音をかき消して、かえって静かに思えた。もしかしたら今この街には僕とこの電柱しか存在しないのではないか、とも思った。僕の真上で雨粒が傘にぶつかる音が、何故か遠くの雨の音に聞こえた。

 あなたこそ、帰らないんですか、と僕は尋ねた。帰れないんです、電柱に埋め込まれているので、と少女は答えて、でも帰りたくもないんです、と付け足した。

 僕はポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけようとした。でもタバコは濡れていて火はつかなかった。僕は濡れたタバコを無理やり箱に押し込み、ポケットに戻した。

 雨は好きですか、と尋ねた。どちらでもないです、と少女は答えた。では雨の音とピアノの音ならどちらが好きですか、と僕は聞いた。どちらも同じくらいです、と少女は答えた。

 雨が止む気配はなかった。街をより暗くしようとしているみたいだった。電柱を見ると、少女が涙を流しているように見えた。

 泣いてるんですか、と僕は尋ねた。これは雨です、と少女は答えた。

 僕は傘を電柱に立て掛けて、その場を離れた。去り際に少女の口が動いたようにも見えたが、雨の音はその声もかき消した。